2026年7月17日、キオクシアホールディングス(285A)の株価は前日比16.10%安の52,110円で取引を終えた。6月22日につけた高値112,700円から、53.8%の下落。1か月弱で時価総額の半分、約28兆円が消えた。
ただ、この記事で伝えたいのは「暴落した」という事実ではない。
むしろ逆だ。53%も下がったあとの株価が、それでもまだ「通常」の3.4倍の水準にある。その事実をどう考えるか、という話である。
まずは結論から
難しい話は後にして、結論の数字だけ先に出す。
株価が「高いか安いか」を測る代表的なものさしに、PER(株価収益率)がある。詳しい説明は後述するが、数字が小さいほど割安、大きいほど期待が乗っていると考えてもらえればいい。
目安はこうだ。
| PERの水準 | 評価 | 意味 |
|---|---|---|
| 15倍前後 | 通常 | 日本株の平均的な水準 |
| 20倍前後 | 将来性あり | 成長を少し織り込んでいる |
| 25〜30倍 | 期待あり | はっきりと成長を見込まれている |
| 40倍以上 | 非常に期待 | 相当な成長が前提になっている |
| 51.3倍 | 異常な期待 ← キオクシアの現在地 |
期待が外れたときの下げ幅が大きい |
53%下がったあとで、まだここにいる。それが現在地だ。
PERとは何か
計算式は単純である。
PER = 株価 ÷ 1株当たり純利益(EPS)
意味は「今の利益水準が続くとして、投資したお金を回収するのに何年かかるか」。
PER15倍なら15年、PER50倍なら50年である。50年かけて回収する値段を今払っているということは、それだけ「これから利益がもっと増えるはずだ」と市場が信じている、ということになる。
キオクシアの実績を見る
誤解のないように書いておくと、キオクシアの業績自体は極めて好調だ。
2026年3月期の実績はこうなっている。
- 売上収益:2兆3,376億円(前期比37.0%増)
- 営業利益:8,704億円(前期比92.7%増)
- 営業利益率:37.2%
営業利益がほぼ倍増している。生成AI向けの需要が背景にあり、財務体質も改善した。業績が悪くて売られているのではない。
そのうえで7月17日時点の指標を並べる。
- 株価:52,110円
- 時価総額:約28.5兆円
- 実績PER:51.28倍
- PBR:20.33倍
時価総額とPERから逆算すると、1株当たり純利益(EPS)は約1,016円となる。この数字を使って計算していく。
計算1:今の利益のままなら、いくらが妥当か
EPS 1,016円を動かさずに、PERだけを変えて株価を出す。
| 評価 | PER | 株価 | 今の株価との比較 |
|---|---|---|---|
| 通常 | 15倍 | 15,243円 | 今より71%安い |
| 将来性あり | 20倍 | 20,324円 | 今より61%安い |
| 期待あり | 25倍 | 25,405円 | 今より51%安い |
| 期待あり | 30倍 | 30,486円 | 今より41%安い |
| 非常に期待 | 40倍 | 40,647円 | 今より22%安い |
| 現在 | 51.3倍 | 52,110円 | — |
「通常」の水準まで戻るなら15,243円。53%下がったあとの今の株価は、そこからさらに3.4倍の位置にある。
計算2:利益が増えるなら話は変わる
ただし、これは「今の利益のまま」という前提での計算だ。
キオクシアは成長企業である。2027年3月期の第1四半期は、データセンター向け需要の継続を前提に増収増益の見通しとされている。利益が増えればEPSが上がり、株価が同じでもPERは下がる。
そこで2つのシナリオで計算した。
シナリオA:利益が1.5倍になったら
予想EPSは1,524円。今の株価52,110円は、予想PERで34.2倍にあたる。「非常に期待」の手前だ。
- 通常(15倍):22,864円 — 今より56%安い
- 将来性あり(20倍):30,486円 — 今より41%安い
- 期待あり(25倍):38,107円 — 今より27%安い
- 期待あり(30倍):45,728円 — 今より12%安い
シナリオB:利益が2倍になったら
予想EPSは2,032円。今の株価は予想PERで25.6倍。「期待あり」の範囲に収まる。
- 通常(15倍):30,486円 — 今より41%安い
- 将来性あり(20倍):40,647円 — 今より22%安い
- 期待あり(25倍):50,809円 — 今とほぼ同じ
- 期待あり(30倍):60,971円 — 今より17%高い
ここが重要な分岐点になる。
今期の利益が本当に2倍になり、かつ市場が「期待あり(PER25倍)」を許容し続けるなら、今の52,110円はほぼ妥当だ。
逆に言えば、そのどちらかが崩れれば、株価は下の水準に向かう。
2つの計算が示すこと
同じ株価に対して、まったく違う答えが出た。
- 今の利益で見れば:通常の水準は15,243円。今はその3.4倍
- 利益2倍を前提にすれば:50,809円。今とほぼ同じ
この差は計算ミスではない。今の株価の3分の2以上が「今期、利益が倍増する」という期待でできているということだ。
期待は事実ではない。だから確認が必要になる。キオクシアの次回決算発表は2026年7月31日を予定している。
なぜ売られているのか
ここまで数字の話をしてきたが、今回の下落には明確なきっかけがある。
米国発の構造的な懸念
エヌビディア(NVDA)は5月の高値から約2割下落、ブロードコム(AVGO)は6月の決算後に一時15%近く急落した。マイクロン(MU)とサンディスク(SNDK)は好業績を発表していたにもかかわらず、7月に入って売られている。
最も重い材料は、AI企業が自社で独自チップを開発しはじめたという報道だ。半導体メーカーにとって顧客だった企業が、自分で作る側に回る。需要の前提そのものが揺らぐ話である。
7月2日発表の6月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が5万7,000人増と市場予想の11万3,000人を大きく下回った。通常なら金融緩和期待で株式市場には追い風になる材料で、実際この日ダウは史上最高値を更新する場面もあった。それでも半導体株だけは下げている。
韓国のレバレッジETF問題
もう一つ、今回の下げを増幅させたのが韓国だ。
2026年5月下旬、韓国でサムスン電子とSKハイニックスを対象とする2倍レバレッジ型ETFが10本以上上場し、合計30億ドルの資金が集まった。日々の値動きの2倍に連動する商品である。
これが過熱した。7月上旬には、これらのETFと連動対象2銘柄で、約700兆円規模の韓国市場の売買代金の7割超を占めるまでになった。
崩れ方も激しかった。最大規模のサムスンKODEX SKハイニックスレバレッジETFは上場から約45%下落。KOSPIは過去最高値から約25%下げ、弱気相場入りが確認された。
7月16日、韓国当局が規制強化を検討していると伝わり、SKハイニックスは一時12.53%安。翌17日、韓国市場が休場だったため、先回り的に日本のAI関連株に売りが広がった。キオクシアの16%安には、この事情が含まれている。
市場の見方
現時点での専門家の見方は割れている。
野村証券の古川真チーフ・ポートフォリオ・ストラテジストは、7月15日時点で「調整は7合目ほどまできた」と指摘。過去1年の上昇率が高い銘柄を買うモメンタム戦略のパフォーマンスは6月22日にピークをつけ、7月13日時点で4月からの上昇分の6割を吐き出した計算になるという。
一方、大和アセットマネジメントの建部和礼チーフストラテジストは、押し目買いが出ても再び強く上昇するには材料不足で、不安定な動きが続くとの見方を示している。
なお半導体には、好況→在庫の積み増し→需要の鈍化→在庫調整→不況という約4年周期の循環(シリコンサイクル)がある。AI向け需要は別の力学で動いているという見方もあるが、メモリーについてはこの循環を今も繰り返している。2026年から2027年にかけて次の調整局面に入る可能性を指摘する声は少なくない。
この記事で伝えたかったこと
PERは、株価を「何年分の利益か」に翻訳してくれる道具である。
通常は15倍。将来性が評価されて20倍。はっきり期待されて25〜30倍。相当な成長が前提で40倍以上。
キオクシアは今51.3倍。53%下落したあとで、まだこの位置にいる。
これを「まだ高い」と見るか、「利益が倍増するなら妥当」と見るかは、7月31日の決算次第だ。ただ確実に言えるのは、今の株価は業績の実績ではなく、これから起きることへの期待で支えられているということである。
期待で買うなら、期待が外れたときにどこまで下がりうるかを先に見ておく。上の表の「通常」の行がその答えだ。
本記事の試算は2026年7月17日終値時点の公開情報にもとづく単純計算であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。実際の企業価値評価には、設備投資、負債構造、競合環境、為替など、ここで扱っていない多くの変数が関わります。投資判断はご自身の責任で行ってください。
